福祉

2009年10月 2日 (金)

こんにちは赤ちゃん事業

 区議会では9月29日から決算特別委員会の実質的審議が始まっています。今日は、平成20年度保健福祉費についての審議が行われ、私は母子訪問指導事業(こんにちは赤ちゃん事業)について質問しました。

 この事業は出生後4ヶ月までの新生児がいる家庭を助産師や区の保健師が訪問し、子育ての不安や悩みを聞き、支援が必要な家庭へのサービス提供に結びつけていく事業で、平成19年度までは「第一子および第二子以降の希望者」に実施していましたが、平成20年度からは「乳児のいる家庭の全戸を訪問」することになっています。

 この事業は平成20年度の重点事業に位置づけられ、当初予算として約3600万が計上されましたが、翌年の3月補正で約1140万円が減額補正され、さらに250万円余の不用額を出しています。このように予算執行率が悪かった理由として、区は「全戸訪問を目標としたものの、訪問の元になる出生通知表が送り返してもらえない対象者がいたこと、また、期限の4ヶ月がせまっているお宅に対しては委託助産師ではなく、直接区の保健師が訪問したため、委託費が不用になったこと」をあげています。

 この理由からすれば、当然次年度(平成21年度)の当初予算に計上される額は、区の保健師が訪問する分が差し引かれるべきですが、なぜか、21年度予算にも20年度と同額の予算が計上され、「訪問指導委託料」についても20年度の3489万2千円に対し、21年度もほぼ同額の3484万7千円が計上されています。これでは、今年度も減額補正されることが明らかであるため、私は、予算編成段階での査定の甘さを指摘し、「予算編成は一つひとつの事業の積み重ねであり、一つでも甘い査定があると予算全体の信頼性が損なわれる」と主張しました。ちなみに、来年度(22年度予算)では、区の保健師が訪問する分を差し引いて計上されるとのことです。

 この事業については、「本当に全戸訪問する必要があるのか」という声があるのも事実ですし、そもそも行政の支援を必要としていない人もいるでしょう。しかしながら、問題を抱えている家庭がどこにあるかわからないから敢えて全戸訪問するというのが事業の趣旨だと思うし、その点では全戸訪問という目標自体は正しい方向なのだと思います。ただ一方で、訪問は電話でアポイントを取ることからはじまるので、出生通知表が戻ってこない家庭を訪問することはできませんし、中には訪問自体を拒否する家庭もあるようです。

 20年度実績では、出生通知表が戻ってきた家庭(約7割)についてはほぼ訪問できたようですが、出生通知表が戻ってこない、あるいは訪問を拒否する家庭ほど、子育てに関する情報が届かず、問題を抱えているケースが多いのではないかと考えています。「親の様々な悩みに応え、子育て支援に関する情報提供を行うとともに、親子の心身の状況や養育環境の把握や助言を行う」「未熟児や発達障害児の親、若年あるいは高齢出産で育児に不安がある親、周囲に知り合いがいない、あるいは父親が非協力的な親など、虐待についてハイリスクな親には特に目をかけ、虐待の防止につなげる」という事業の実効性を高めるには、やはり訪問率を上げていく以外に方法はないように思います。

 乳児には4ヶ月検診というのがあって、そこでBCG接種も行われています。この接種率は96%ということなので、つまりは4ヶ月目にはほとんどの乳幼児の親子が保健所を訪れることになるわけです。4ヶ月検診では保健師との面談も行われているので、訪問から漏れた家庭の大部分を拾うことが可能だと思います。出生から4ヶ月以内という事業の趣旨からは外れますが、ここでの面談を充実することによって、その後の訪問と様々な支援につなげていくことができると思います。

 子育てをしている親の悩みは様々ですが、「子育てに関する情報不足」という点では共通しているように感じます。情報提供と同時に、問題を発見した場合には一時の訪問で終わらせず、適切な支援を行っていくことが、虐待などの不幸な事態を抑止することにつながると思います。

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2009年9月25日 (金)

インフルエンザの感染が拡大

 わが家の次男と長女が通う関町小学校では、9月19日に予定されていた運動会が、インフルエンザの影響で明日(26日)に延期になっていましたが、3年生の1学級が25日から28日まで学級閉鎖されたことで、さらに1週間延期されることになりました。

 新型インフルエンザは10月初旬にピークを迎えるといわれていますが、練馬区でも感染が拡大しています。区の報告によれば、9月7日から13日までの1週間で、指定病院において新型インフルエンザと診断された患者数の平均は東京都5.90、練馬区7.17でしたが、翌週の9月14日から20日までの数はそれぞれ10.27、13.64とほぼ倍になり、いずれも練馬区が東京都の平均値を上回っています。また、区内の公立小中学校における学年閉鎖および学級閉鎖は現在22校で、閉鎖された学級数は50を超えています。

 練馬区では、今定例会に提出した補正予算案に新型インフルエンザ対策費(マスク、消毒液などの消耗品費等)を計上し、ホームページや広報でマスクの着用、うがい、手洗いの励行を促していますが、10月下旬から始まるといわれているワクチンの生産量などの見通しが不明確なため、対応に苦慮しているようです。

 そんな中、渋谷区では高齢者や乳幼児、基礎疾患のある人、妊婦など、発症すると重症化する可能性が高い3万7千人に対し、新型インフルエンザのワクチン接種費用を一人当たり4000円まで助成する方針を決めたとの報道がありました。練馬区議会においても、今回の補正予算案にワクチン接種費用が計上されなかったことに批判の声があがっており、今後、追加補正も含めて迅速な対応が必要です。

 新型インフルエンザは弱毒性といわれており、今のところ練馬区内では重症化したケースはないという報告を受けていますが、誰も免疫を持っていないため、誰もが感染する危険性があります。感染を拡大させないためには、まず一人ひとりの予防に対する心構えが大切です。

 10月3日には子どもたちがそろって運動会ができるように望んでいます。

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2009年5月14日 (木)

DV被害者に生活支援金を支給

 現在支給されている定額給付金は、平成21年2月1日(基準日)時点で住民基本台帳または外国人登録原票に記録されている人を対象としているため、家庭内暴力によって住民記録地を離れ、練馬区に居住している被害者は定額給付金を受け取ることができません。この度、練馬区は「家庭内暴力被害者への臨時生活支援金の支給」の方針を決め、本日の健康福祉委員会に報告がありました。

 臨時生活支援者の対象は、1.基準日時点で練馬区内に居住していたことを確認できること、2.住民記録地以外の場所での居住が家庭内暴力から逃れるためであることが、区や警察署等の行政機関の相談記録等により確認できること、3.住民記録のある自治体から定額給付金が支給されていないことが要件となり、支給額は定額給付金と同額の1万2千円で、65歳以上(昭和19年2月2日以前)および18歳以下(平成2年2月2日以降)は2万円です。

 練馬区における対象者数は200世帯、400人程度とみられており、所用経費は1万2千円と2万円の対象者がそれぞれ200名ずつで、約640万円が見込まれています。所要額は全額区の負担となりますが、区としては「生活支援と地域経済対策に資する定額給付金の目的に適合することから、財源として国庫支出金を充当できるよう国に要請する」としています。

 さて、定額給付金については、当初からDVで避難生活を送っている被害者や住所を持たない人など、「本当に困っている人」には支給されないという欠点が指摘されていました。今回、そのことが証明されたかたちになったわけですが、練馬区としては「生活の本拠が練馬区にあり、事実上練馬区民といえるが、本人に責任を問えない事情により居住地がないだけ」という点を考慮して定額給付金と同額の臨時生活支援金の支給を決めたとしています。

 そもそも、私ども民主党は定額給付金には反対の立場ですが、政府が言うところの「減税などでは恩恵を受けることができない低所得者層にも配慮した生活支援」という点では、今回の区の措置は整合性があるというべきかもしれません。

 ただ、この「臨時生活支援金」には「二重取り」という制度上の大きな欠陥があります。つまり、定額給付金は「世帯主」に支給されるものですが、DVで避難している人(多くは妻と子ども)は、加害者に住所を知られないために住民票を移していないケースがほとんどのため、DV加害者が家族の分も含めてすでに給付を受けている可能性が高いということです。見方を変えれば、DVという許されざる行為を行っている加害者に、実際は生活を共にしていない家族の分までお金が支給されてしまうという制度上の欠陥が浮き彫りになったともいえます。

 また、今回の措置は全国すべての自治体で行われるわけではないため(23区内では他に9区で実施予定のほか1~2区で検討中とのこと)、臨時の給付を行わない自治体に居住している被害者はお金を受け取れないという不公平も起こり、これらの点には釈然としないものを感じます。

 今回のことで浮き彫りになったのは、定額給付金の欠陥の一断面ですが、そもそも最大の目的であった景気浮揚策になったのかという疑問も相変わらず残ります。どんな方策でも経済対策にはメリット、デメリットがあるでしょう。しかしながら、やはり目先の給付ではなく、介護、年金、雇用、教育など、将来の生活不安を取り除くことこそが、いま最も有効な景気対策であると考えます。

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2009年1月 8日 (木)

派遣村(石神井学園用体育館)を訪問

 仕事や住居を失い、日比谷公園や厚生労働省の講堂に寝泊まりしていた「年越し派遣村」の失業者など500人のうち、仕事や住居が決まっていない約286名の人たちが、厚労省や都が用意した都内4か所の施設などに移転しました。

 練馬区では、東京都の児童養護施設である石神井学園に隣接する体育館に136名の人たちが移転してきましたが、都の施設であるため管理は都が行い、実際の運営は都が委託した社会福祉法人やまて企業組合が行っています。

 現在は、当初の人数より2名増えて、138名が寝泊りをしているということで、施設内に開設されている「ハローワーク」「生活保護」「社会福祉協会の貸付」「住宅情報」の窓口を利用したり、民間の不動産業者で住居を探したり、石神井総合福祉事務所で生活保護の申請を行ったり、職を探したりと、それぞれが今後の生活基盤を築くために行動しているとのことです。私が訪問したのは夕食時で、ちょうど弁当が配布されているところでしたが、住居や職探しから戻っていない人も多くいたようです。

 施設では、3食が支給され、2回分の入浴券(近隣の公衆浴場を利用)が配られたほか、社会福祉協議会から生活保護申請者に1万円、非生活保護申請者には5万円が貸付けられ、生活支援や住居・職探しの資金に充てられています。施設内の環境は暖房が行き届き寒さはしのげますが、空調の音がうるさかったり、長引く共同生活でストレスがたまる人たちも出始めているようです。

 都の担当者の話では、徐々に住居や職が見つかりはじめ、人々の顔に明るさが出てきているということですが、この施設が使用できるのは12日までと期限が決められており、それまでに住居が見つからなかった人たちの受け入れ先は、まだ決まっていません。期限までに138名全員の住居や職が見つかるということは不可能で、施設利用者からは先行きを不安に思う声も聞かれました。

 さて、派遣村の村長でもある「反貧困ネットワーク」の事務局長、湯浅誠氏は、今の日本社会を「一度転んだらどん底まですべり落ちて行ってしまうすべり台社会」と表現しています。一方で、「日本の貧困は世界の貧困に比べたらまだまだ騒ぐに値しない」という考え方もあり、職を失い、住居失った人たちを「自己責任」と批判する人も少なくありません。さらに、選り好みさえしなければ仕事などいくらでもあると考える人もいるようですが、今の日本社会には働く意志があっても働く場所がないという現実が厳然としてあります。仕事が得られないのは、スキルが足りないからで、本人の努力が足りなかったからだと言ってしまえばそれまでですが、家庭環境や様々な事情でまともな教育を受けられず、技能も磨くことができず、それを磨こうにもその方法すらわからないという「貧困の連鎖」も確実に存在します。

 いま、社会のあらゆる場所で格差がひろがっています。一部の恵まれた人だけが幸福な人生を送り、大部分の人たちが未来に希望を持てないような社会は必ず破綻します。今こそ政治の光は弱者に当てられるべきですが、麻生政権は、日本の窮状を全く理解していないように思えます。

 「給付金」は生活支援金だと言っていましたが、住居さえ持っていない一番困っている人には支給されないという欠点を指摘されると、今度は、「景気浮揚策」だとあっさり軸足を変えてしまいました。そもそも「地域振興券」がそうであったように、給付金の類の政策はほとんど景気浮揚効果は望めないというのが定説であり、ここまでくると、もうなんのための対策なのかほとんど理解できません。

 いま必要なのは、真の意味での景気対策と雇用対策です。また、一方で将来の不安感を払しょくするためにセーフティネットを再構築することが必要です。政策効果の望めない給付金は今すぐに撤回し、本当に必要なところに貴重な税金が使われなければなりません。

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2008年11月 4日 (火)

健康福祉委員会視察

 10月29日、30日の2日間、練馬区議会健康福祉委員会の視察で、大阪府吹田市の障害者支援交流センター「あいほうぷ吹田」及び兵庫県宝塚市の世代間交流施設「プレミラ宝塚」を見学してきました。

 初日に訪れた大阪府吹田市は、1970年に万国博覧会が開催された場所として知られていますが、現在の人口は約35万人、大規模な団地の開発をはじめ、大阪中心部への典型的なベッドタウンとして発展してきました。

P1010662  今回訪問した「あいほうぷ吹田」は、重度重複障害者の増加と障害者及び家族の高齢会に対応するため、重度障害者を中心とした通所施設として、知的障害者更生施設、在宅身体障害者デイサービス施設、在宅知的障害者デイサービスの3つの施設と併せて短期入所施設が複合的に建設された施設です。平成元年の10月議会に「成人期の肢体障害者施設の整備と施設職員の増員に関する請願」が42658名の署名とともに議会に提出されたのをきっかけに、翌年5月、民生保健部内に施設検討委員会が設置され、その後委員会の審議と障害者複合施設基本構想の策定などを経て、平成13年5月1日に開設されました。

P1010649  施設の運営は、府内公募で決まった社会福祉法人「さつき福祉会」が行っており、リハビリや給食、車両の運転等の業務をこなしています。施設は主に成人期の肢体障害者を対象としており、知的障害者更生施設40名、在宅身体障害者デイサービス施設15名、在宅知的障害者デイサービス15名(70名の定員)の他、短期入所施設5名、および吹田市内の障害者福祉団体、社会奉仕活動を行う奉仕団体などに対する作業室、日常生活訓練室、研修室兼多目的ホール、会議室、食堂などの施設貸出業務も行っています。

P1010643  「あいほうぷ吹田」で特徴的なのは、施設内にプール、介助浴室を持っていることです。通所者の利用をはじめ、土曜日、日曜日には市内在住の身体障害者や知的障害者とその介護者など解放しています。水温を高めに保ち、プール内にはスロープや手すりが設置されているので安心して利用することができます。

 この施設は成人期の障害者が主な対象となっていることから、通所者の多くは長年にわたって利用するため、常に利用希望者の順番待ちがあり、今年も数名の通所者が入れ替わっただけだと聞いています。また、近年、吹田市でも医療ケアが必要な障害者が増加しているということですが、介助を行う家族の高齢化も進んでおり、施設の充実と通所と在宅をバランスよく組み合わせた介助の在り方の研究が大きな課題になっています。

 もちろん、これらのことは吹田市に限ったことではなく、全国的に共通する課題です。練馬区には障害者地域活動支援センターなど7つの障害者施設がありますが、残念ながら、障害者やその家族の要望に十分に応えられているとはいえません。施設整備、スタッフの確保、障害者自立支援法による利用者の負担増や施設の収入減など、障害者対策については多くの解決すべき問題があります。介助を必要とする多くの障害者のために、練馬区が基礎自治体として果たす役割はますます大きくなっています。

 吹田市は人口規模でいえば練馬区の約半分ですが、都心への典型的なベッドタウンという点で共通しています。そういう意味でも今回の視察は参考にすべき点が多かったと感じます。微力ではありますが、関係者のご意見を踏まえながら、今後とも委員会や議会活動を通じて、障害者施策の充実に努めていきたいと思います。

 なお、視察2日目の「プレミラ宝塚」については後日報告したいと思います。

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2008年6月 5日 (木)

区議会第2回定例会

 昨年よりも20日早く関東地方が入梅し、雨模様の日が続いています。

 6月2日から練馬区議会第2回定例会が始まり、現在、各会派を代表しての一般質問が行われています。

 昨日まで、8名の議員が質問を終えましたが、今議会では介護現場の人材不足や雇用不安を取り上げる議員が目立ちます。昨日、私どもの会派「民主党練馬クラブ」を代表して、白石けい子議員が質問に立ちましたが、同議員も、「福祉・介護・医療現場の人材不足対策」について取り上げました。

 練馬区における介護保険要介護認定者は、第1号と第2号被験者ともに増加し、昨年度の19994名から今年度は20796名になっていますが、現場を支えるべき事業者側は慢性的な人材不足や経営難に見舞われています。

 全日本民医連のデータによると、介護職の離職率20.2%で、全産業平均の17.5%を大きく上回り、特に訪問介護の職員は、介護保険制度の導入以来最大の8千人の減少という事態になっています。

 介護従事者は8割が女性ですが、非常勤対応が多く、不安定であるにも関わらず、勤務時間は長く、休みは不定期です。報酬はおしなべて低く、全労働者の月平均賃金33万円に比べ、介護職は21万円と12万円も低く、ホームヘルパーに至っては、平均19万円に過ぎません。(以上、白石議員の質問から抜粋)

 こうした状況では、介護従事者はやりがいをもって仕事にあたることができず、区内の事業者の集まりである事業者懇談会でも、従事者の待遇改善のための公的措置が叫ばれています。今後ますます、高齢化が進み要介護者も増加していきます。現状を放置すれば、「保険あって介護なし」という事態を招きかねず、早急な対策が必要です。

 白石議員は、介護保険においては、給付が決まっている限り、事業者の経営努力だけで解決できる問題ではなく、賃金問題を含め、福利厚生支援(住宅斡旋、研修体制強化)を全国に先駆けて練馬区が行うことを提案しました。

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2008年3月 4日 (火)

予算特別委員会

 2月14日から1ヶ月間の日程で練馬区議会第1回定例会が始まっています。今定例会の最大の議案は平成20年度予算案ですが、一般会計予算規模が約2108億8470万円(前年度比115億8566万円 5.8%増)で、減税補填債の借換分を除けば初めて2000億円の大台を超える大型予算になりました。

 2月22日から、予算案を審議する予算特別委員会が開かれ、議員全員参加の下、1.都区財政調整・財政計画、2.議会費・総務費、3.区民費・産業地域振興費、4.保健福祉費、5.児童青少年費・環境清掃費、6.都市整備費・土木費、7.教育費、8.公債費等、というように予算の費目別に分けて審議が行われています。私は、このうち議会費・総務費、児童青少年・環境清掃費、都市整備費・土木費、教育費で質問に立ち、それぞれ15分から20分間にわたり質疑を行いました。

 質問の要旨は以下の通りです(今後質問する内容も含む)。

<総務費>

1.土地開発公社について

 土地開発公社が行う事業用地の先行取得については、中長期的展望に立ち、事業の必要性を十分に精査して慎重に行い、取得した土地は可能な限り早期に事業化すること。

<児童青少年費>

1.保育所の民営委託化について

 区立保育園の民営委託にあたっては、すでに委託された3園の検証を十分に行い、今後の委託化については、保護者に対する説明時期と事業者の選定時期を明記した「ガイドライン」を作成し、これをもとに行われるべき。

2.第3子誕生祝い金

 政策目的がはっきりしない現行の「第3子誕生祝い金」は廃止し、待機児童解消や子育て支援施設の拡充等々、すべての子育て家庭を支援する事業にシフトすべき。

<都市整備費・土木費>

1.富士見池増強工事について

 武蔵関公園の富士見池増強工事をめぐり周辺住民から根強い反対運動が続いている。事業主体である東京都と公園管理者である練馬区が計画段階で住民に対する説明が全く行わなかった不作為の責任であり、公共事業を行うにあたっては計画段階で十分な説明がなされるよう強く求める。

2.電線類の地中化について

 駅周辺の商店街や歩行者・自転車の通行量の多い歩道などでは電柱が通行の大きな妨げになっており、交通安全上の問題を引き起こしている。良好な街並みの形成、安全で快適な通行空間の確保、都市防災性、歩行空間のバリアフリー等の観点から、今後の街路事業や都市計画道路事業などを行うにあたっては、電線類の地中化を原則同時施工すべき。

<教育費>

1.小中一貫教育について

 小中一貫教育校の推進にあたっては9年間にわたる一貫したカリキュラムのもとで計画的・継続的な学習指導・生活指導が確立されること。さらに、小中一貫教育のメリットを最大限に発揮できる「一体型校」の設置が検討されるべき。

2.屋外スポーツ施設の充実

 区内には野球、サッカーなど比較的広いスペースを要する屋外スポーツ施設が不足している。区が買収を決めた日本銀行石神井運動場については既存の野球場、サッカー場、テニスコートなどをそのまま生かした形で活用し、広く、平等に区民に開放されることを要望する。また、屋外スポーツ施設を補完するものとして、小中学校の施設を積極的に地域に開放すべき。

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2007年11月20日 (火)

「うらしま太郎」体験

Pic_0012  「うらしま太郎」体験は、物語のとおり、突然お年寄りになってしまう体験です。昨日、認知症疑似体験プログラムに引き続き、高齢者疑似体験プログラムも体験させていただきました。

 プログラムは、身体に疑似体験セットを装着して行います。足首や膝の関節の衰えを体験できるように、サポータや重りを着け、腕の筋力の衰えや手先の感覚の低下を体験するために、肘と手首にはサポーターと重り、手には手袋とサポーターを装着します。また、加齢によって生じる白内障を再現するために特殊な眼鏡をかけ、耳を聞こえづらくするために耳栓を着けるなど、身体中に10数個の重りやサポーターを装着します。これらの装備を着けた上で、まず、封筒の中に入っている紙を取り出し、そこに書いてある指示に従うというようにゲーム感覚で体験プログラムが行われます。

Pic_0019  そもそも、この最初の作業からして困難です。サポーターと手袋をはめた手先がいうことをきかず、指示が書いてある紙を取り出すのにも苦労します。ようやく取り出した紙には、新聞ほどの文字サイズで文章が書いてありますが、白内障を再現した目ではなかなか文章を読み取ることができません。何とか読み取った文章は「ピンクの申請書に名前を書き、ビニールの薬袋から薬を取り出せ」というものでした、私はこれに従い、申請用紙が並んでいるテーブルに行きましたが、まず、どの用紙がピンク色なのか良く分かりません。コーディネータに確認して申請書を取り上げ、鉛筆で名前を書きましたが、文字は横殴りで書いたように乱れ、所定の枠からもはみ出していました。その後、商品などが並んでいるテーブルに行き、密封チャック付きの小さなビニールから薬に見立てたおはじきを取り出す作業をしましたが、密封チャックを開くだけで1分以上を要し、取り出そうとしたおはじきも床に落としてしまう始末でした。

Pic_0023  最後に、疑似体験セットを装着した状態で階段の昇降を行いました。片足の膝や足首の自由がきかないため、上りでは杖を頼りにしなければならず、下りでは手すりに捕まらなければ降りることが困難でした。薄暗い場所では、階段が何段残っているのか判断しにくく、また、耳が聞こえにくいため周囲の状況に神経を使いました。これが屋外の人通りの多い場所であれば、もっと不安を感じたと思います。

 長寿社会の実現は誰もが望んでいることであり、医療のさらなる発展と健康づくりのための有効な取り組みが求められます。一方で長寿社会は認知症や身体の自由がきかないお年寄りが増えるということも意味してます。バリアフリー化を進めるとともに、こうしたお年寄りが気軽に外出できる社会を構築することは、高齢化社会に課せられた大きなテーマだと思います。そのためには、行政による社会資本整備も必要ですが、同時に認知症や加齢に対する知識と理解も不可欠です。

 バーチャルで認知症や加齢を体験することには、自ずと限界があり、私自身、これですべてが分かったとは言いがたいのですが、それでもひじょうに貴重な体験になりました。高齢者疑似体験では「つくし君」という小学生向けのグッズもありますが、核家族化で高齢者が家族にいない子どもが増えているなかで、小学生のうちからこのような体験をすることはとても有効なことだと思います。学校単位で「うらしま体験」を行い、感想文などを書いてもらうというのも一つの方法だと思います。

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2007年11月19日 (月)

認知症疑似体験プログラム

Pic_0025  社団法人長寿社会文化協会が主催する「認知症疑似体験プログラム」と「高齢者疑似体験プログラム(うらしま太郎)」に参加してきました。

 認知症は病名ではありません。認知症とは「大人になってから、脳にダメージ(損傷)を受けて、脳細胞が傷つけられ、そのために記憶障害に伴い認知機能障害が現れて、自分で自分のことをできなくなり、自立した日常生活を送ることができなくなる」状態(症状)をいいます。症状の具体例としては、感情面の変化(自信喪失、不安、イライラなど)や、同じ事を繰り返したり、徘徊、物を盗られる妄想、失禁、異色(食べられる物と食べられない物の判断の喪失)などが挙げられます(認知症疑似体験プログラム解説書参照)。

 認知症疑似体験は、特殊なメガネとイヤホンを装着して、認知症にかかった人の視野で映像をみます。認知症は、症状が進んでくると慣れ親しんだ場所でも、場所の見当がつかなくなります。私が体験した「トイレを探して編」では、82歳のおばあさんが、食後にトイレに行きたくなりますが、場所がわからず、寝室や物置のドアを開けてしまい、なかなか行き着きません。最後にようやくトイレに到達しますが、洋式の便器を見てもトイレと認識できないとう設定になっています。

 幼い頃に和式トイレに慣れ親しんだ高齢者にとっては、洋式トイレをトイレと認識することができず、便器で顔を洗ってしまったり、水を飲んでしまうこともあるそうです。また、トイレを探しているうちに排泄の感覚を忘れてしまうことがあり、結果としてトイレにたどり着けず失禁してしまう場合もあります。疑似体験では、「どうしたのおばあちゃん」と聞かれても「トイレに行きたいがわからない」という言葉が出てきません。このときの心理状態は、自尊心の喪失であり、また、トイレが見つからないという不安や焦りです。

 コーディネーターの方のお話では、トイレに失敗して家族に怒られたりすると、それが強迫観念となって、汚れた下着をタンスの奥にしまってしまったり、さらにそのことを責められると、もっと見つかりにくい場所に隠してしまったりということもあるそうです。認知症のお年寄りをもつ家族にとって必要なのは、まず症状ついての知識と理解であり、例えばトイレにしても、相手の心理状態を考えた上で誘導したり、徘徊して家に帰ろうとしないときなどは、「疲れているからここでやすみましょう」など、行動パターンにあわせた対応が望ましいということです。

<認知症の人への接し方のこつ>

 まず、「自尊心を傷つけない」ことが大事です。やさしく見守り、失敗行動に対しては「支持的」に関わります。

1.近づいて目を見て話しかける。うしろから呼び止めない。

2.情報は簡潔に今のことだけ伝える。過ぎたことや先のことは話さない。

3.納得のいくように話す。

4.わかる言葉を使う。方言や輝いた時代をすごした土地の言葉など、お年寄りの生活歴の中から探す。

5.やさしい笑顔や仕草など感情面へ働きかける。

6.話題に合わせる。事実と違う話であっても否定しない。お年寄りの世界でお芝居をする。このとき、お年寄りが主役でケアする側は脇役を演じる。

7.24時間折にふれて、時間や場所、その他の現実生活に必要なことを知らせる。

8.ときおり昔話をする。お年寄りのなじみのある食べ物、花、写真、雑誌、道具などを見たりさわったりしながら話しをすると効果的である。話しを聞くときは、否定したり現在につなげようとしない。どのような話しにも共感する。(以上、前出解説書より引用させていただきました)。

 高齢者疑似体験プログラムについては後日紹介します。

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2007年8月 8日 (水)

学級経営補助員制度について

 練馬区の「学級経営補助員制度」のことはご存知でしょうか。平成13年度から主に公立の小学校を対象にはじまった制度ですが、練馬区のホームページによれば「安定した集団生活が得られない学級に対して、担任の学級経営を補助し、様々な子どもの状態に適切に対応し、学級の健全化を図る」ことが事業の目的とされています。

 練馬区(学習指導課)によると、事業開始当初は、初めて学校生活を送る新小学校1年生を主眼に、集団生活に慣れるまでの期間に必要な援助を行うことが目的だったということですが、現在では、小学1年に限らず、学級崩壊など学級の「荒れ」や自閉症などの障害をもつ児童の対応にも制度が利用されています(昨年の練馬区の実績では70クラス程度で中学校も含まれる)。

 学級経営補助員は、それぞれの学校の必要に応じて教育委員会が採用しますが、練馬区の場合すべてが「臨時職員」です。地方公務員法の規定で、臨時職員については原則6ヶ月間、雇用期間を延長しても最長で1年間しか採用できないため、「安定の継続性」という点で制度が実態と合わなくなってきています。

 例えば学級崩壊寸前だったクラスが、学級経営補助員を置いたことで落ち着きを取り戻しつつあったにも関わらず、補助員がクラスを離れなければならず、学級の「荒れ」が再発するケース。あるいは、自閉症の子どもと良好な関係を築いていた補助員が採用期間の制限により辞めなければならないケースなど、臨時職員であるための不都合が生じるようになっています。

 こうした問題点を解決するためには、学級経営補助員の採用形態を現行の臨時職員から、常勤または非常勤の職員として採用すれば当面の問題は解決できます。練馬区としても制度が実態と合わなくなっている現状については認識しており、常勤、非常勤の採用を含め改善策を検討中とのことですが、ネックとなっているのはやはり予算措置の問題です。

 いじめや学級崩壊、学力の低下等々、いま、公立学校教育をめぐる問題は山積しています。安倍政権の下でも教育再生会議を中心に様々な見直しが検討されていますが、教育予算がOECD(経済協力開発機構)30カ国中最下位という日本の現状は変わっていません。日本全国どこに住んでいても平等な教育機会が保障されなければならず、そういう意味では、教育の根幹をなす公立学校教育は一義的には国の問題ですが、地方で出来ることについては積極的に採用し、逆に国に対して発信していくべきです。

 板橋区では、練馬区の学級経営補助員制度にあたる「スタディ・サポーター」という制度がありますが、板橋区においても制度発足当初は文字通り「学習のサポート」が目的でしたが、現在では、学級の荒れなどを含め多面的に対応をしており、原則として区立小中学校のすべてに1人ずつ配置する体制で、常勤や非常勤の採用についても前向きに検討しているとのことです。

 いうまでもなく、学級の運営は担任の先生に委ねられるべきですが、担任1人の力では運営しきれないクラスが数多あるというのが現実です。これを先生個人の責任にするのは簡単ですが、責任の押し付け合いに終始して現実の対応を怠るのは本末転倒です。また、子どもたちに、自閉症など様々な障害に対する「理解を基盤とした共生」を涵養し、豊かで優しい人間を育てるためにも、公立学校が積極的に障害者を受け入れることはとても重要なことであり、学級経営補助員の制度はそういう観点からも再検討されるべきだと考えます。

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2007年6月17日 (日)

年金問題ついて

 年金の記録漏れ問題が連日報道されています。社会保険庁のずさんな体質、年金特例法案をめぐる与野党の攻防にはじまり、「5000タッチ」や45分間パソコンの打ち込みをしたら15分休むという労使間の「覚書」などなど、真面目に年金を納めてきた人たちにとっては怒りを通り越してあきれるばかりの実態が日々明らかになっています。グリーンピアをはじめとする「大規模年金保養施設」の問題や幹部の天下りなど、この問題はあまりにも根が深く、批判をはじめたらきりがないので、敢えて今日は別の切り口で書きたいとおもいます。

 バブル崩壊後、金融機関の倒産や合併が相次ぎ、国民の金融に対する信頼は地に落ちました。低金利の時代が続き、銀行にお金を預けていても「金利よりも手数料の方がかかる」という理不尽にも我慢してきましたが、少なくとも国が管理している年金制度だけは、少子高齢化社会で受給率が下がることはあっても、制度そのものは信頼できると多くの国民が思っていたはずです。国民年金の未納率は30%をはるかに上回り、年金制度改革をめぐって「未納議員」が吊るし上げを食ったことは記憶に新しいところですが、制度上は「きちんと払った人は応分の受給資格がある」と信じていたわけです。

 今回の問題で一番憂慮されることは、国民皆年金制度に対する信頼が著しく揺らいだことです。年金を払えるのに払わない未納者は、「年金を納めたところで将来受給できるかどうかわからい」という「言い訳」をする人が多かったのですが、少なくとも年金というのは基礎年金部分に半分の税金がつぎ込まれているわけで、こんなに有利でリスクのない「金融商品」は他にはなかったはずなのです。

 確かに年金というのは、一定期間払い続けなければ受給資格は得られません。だからといって「無年金者」にも憲法で定めた「健康で文化的な最小限度の生活」は保障されなければならず、生活困窮者には「生活保護」というかたちで別の税金が投入されることになります。もちろん弱者に対しては一定の配慮がなされるべきですが、決して楽ではない暮らしのなかで、きちんと年金を納めてきた人たちにとってみれば不公平感を拭うことはできないし、制度そのものが信頼できないとなればなおさらです。

 社会保険庁を抜本的に改革することはもちろんですが、やはり、年金制度そのものをもう一度見直すことが必要です。年金一元化に向けた動きは相変わらず鈍いのですが、今回の問題で前向きな検討がより必要になったと思うし、より公平・公正な制度を実現するためには年金の税方式化(基礎年基金部分は全額税でまかなう)などについても検討すべきではないでしょうか。

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2007年3月 3日 (土)

関町リサイクルセンター10周年記念講演

 2月6日の当ブログ「きれい社会が引き起こすアレルギー病」でご紹介した、藤田紘一郎氏(東京医科歯科大学名誉教授)の講演会が関町リサイクルセンターの10周年記念行事として行われました。

 藤田先生は「カイチュウ先生」と呼ばれる世界的に有名な寄生虫学の第一人者ですが、自らが「サナダムシ」を腸内に「飼っている」という変人?で、「笑うカイチュウ」「恋する寄生虫」「清潔はビョーキだ」など、内容を知らない人が聞いたら良識を疑われそうなタイトルの著者としても知られています。講演は休憩をはさんで2時間におよびましたが、時折ユーモアをまじえ、面白くもためになる話しで、とても興味深いものでした。講演の内容は多岐にわたり、とてもブログで紹介することはできませんが、先生の講演で一貫していたことは、「きれい社会(現代の超清潔志向)」がアレルギー病やガンに至るまで様々な病気を引き起こしているということです。

 『人類は太古の昔から様々な菌や寄生虫と「共生」してきた』。。。同氏の理論は腸内に回虫(サナダムシ)がいると、花粉症やアトピーなどアレルギー病にならないというところから展開します。1950年まで、日本人の62%がサナダムシを持っていて、その頃は花粉症やアトピーはなく(花粉症が最初に報告されたのが1963年)、現在においても、こうした病気は先進国(きれい社会)に特有なものといいます。また、腸内細菌の「悪玉」といわれる大腸菌も、全くない人は下痢などを起こしやすく、あの「O-157」も、大腸菌をほとんどもたない「超清潔志向」の人の方が症状が重くなるということです。

 合成洗剤(ボディーソープやハンドソープ)、抗菌剤、消毒剤などは、ばい菌を殺しますが人間を守るために必要な「菌」までをも殺してしまい、病気への抵抗力を失わせてしまうといいます。それだけではなく、これらのものは環境ホルモンの元凶となり、清潔志向がますます地球を汚し、人間を弱くするということです。

 興味深かったのは、第一子(長男、長女)は、第二子、第三子よりも、あるいは、専業主婦の子どもは、仕事を持つ母親の子どもよりもアレルギー病にかかりやすいというデータでした。つまりは親の過干渉(ばい菌に対する過剰反応)が子どもを弱くしているということであり、泥んこ遊びをする子の方がそうでない子よりも抵抗力が強まるという話もありました。もちろん、「うがい」や「手洗い」が必要ないというわけではありません。「悪い菌」を洗い流してしまうことは必要ですが、「過ぎたるは及ばざるが如し」なのです。

 病気に対する免疫力の30%は精神的なものによるそうです。「良く笑う人」「ポジティブ・シンキング(前向きな思考)」ができる人はガンなどの発症率も少ないのだそうです。ストレスからか、最近笑うことが少なく、思考が後ろ向きになりがちな私には、少々耳の痛い話でした。

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2006年11月29日 (水)

「僕の歩く道」

 先日、フジテレビ系列の「Drコトー」についてふれましたが、今日は「僕の歩く道」です。
 「お前はフジテレビの回し者か!」といわれそうですが、テレビドラマにあまり縁のない私としては、この2つの番組しか観ていないので悪しからず。
 この作品は、2003年放送の「僕の生きる道」、2004年放送の「僕と彼女と彼女の生きる道」に続く「僕シリーズ3部作」の完結編だそうで、主役はいずれもSMAPの草彅剛が演じています。
 1作目では「不治の病に侵された教師」、2作目では「妻に去られたエリートサラリーマン(娘1人)」をモチーフにしていましたが、今回のテーマは「自閉症」。動物園の飼育係として働く31歳の自閉症の青年と、彼を取り巻く家族や職場の同僚を中心に物語が展開します。

 脚本は橋部敦子氏。前2作もそうでしたが、物語を緩やかに展開させ、登場人物に多くを語らせない手法は、派手さはないものの実に説得力があり、静かな感動があります。

<28日(第8話)のストーリー>
 動物園に誕生した双子のレッサーパンダの赤ちゃんの名前を一般公募した中から決めようと、輝明(草なぎ剛)も交えて盛り上がる三浦(田中圭)たち。一方、久保(大杉漣)は本社に呼ばれ、来園者数が減っている原因を問われていた。本社に戻り出世したいと思っている久保だったが、このままでは園長のポストすら危ないと言われ、早速、レッサーパンダをマスコミに発表するために、名前を早く決めるよう古賀(小日向文世)に指示する。
 マスコミ発表の日、双子のうち一匹・クッピーの元気がない。心配する古賀は久保にマスコミ取材の延期を求めるが、「別に死ぬわけじゃないだろう」と古賀たちの意見を聞かず無理やりマスコミ取材を行った。
 その後、クッピーの容態は心配な状態に…。輝明もクッピーを見守るが、勤務終了時間になったため帰宅。久保も心を残しつつ帰宅するが、途中、焼き芋を食べている輝明を見つけ隣に座り、私達以外は一致団結のようだね、と独り言のようにつぶやく。と、輝明は思いたったように立ち上がった。都古(香里奈)との約束を思い出し、動物園に戻ったのだ。クッピーの容態が回復し輝明を家に送った古賀は、都古の退職後、動物園に迷惑をかけていないかと心配する里江(長山藍子)に、飼育係の一人としてちゃんとやっていますよ、と伝える。
 翌日、レッサーパンダが観覧できないお断りの貼り紙をする久保に、多くの客が文句を言い帰っていった。苛立つ久保は、古賀に「私を責めたきゃ責めればいいだろう!」と声を荒げてしまう。
 帰ろうとした久保に古賀は、息子が自閉症であることを打ち明けた。ありのままの息子を受け入れられなかった後悔を語る古賀に、久保も、望んでいない出世をしなければならないことや動物に愛情があるふりや障害者雇用にも理解あるふりをしなければならない本音をもらす。
 翌日、里江の感謝の手紙が輝明から久保に渡され、そこには理解ある園長に出会えた感謝の気持ちが綴られていた。里江への返事がなかなか書けない久保は、改めて輝明の仕事ぶりを眺める。
 そんなある日、動物園に視察に訪れた本社の上司が、リンゴを切っている輝明から定規を奪った。久保は、これは彼にとって必要な物と言って定規をもぎ取り輝明に返す。見ていた古賀は、障害者に理解がある“ふり”ではないですよねと久保に言った。その日、里江への返事を書き終えた久保は、輝明と一緒に焼き芋を食べながら、輝明が話し出したフラミンゴの解説に微笑みながら耳を傾けた。<以上、フジテレビのHPより転載させていただきました>

 昨日のハイライトは、一度は帰宅しかけた輝明が、都古(輝明の幼馴染(理解者)で動物園の獣医をつとめていたが結婚して退職)との約束を思い出し、「グッピー」のために動物園に戻るシーンでした。自閉症である輝明は日常の決められたこと以外には適応できないはずなのですが、このように、ドラマでは1話ごとに輝明の「小さな変化」が描かれています。
 
 「園長」と輝明の会話のシーンで、「大竹(輝明)さんはいいよね。できることをやればいいんだから。僕はそうはいかない」と語る園長に対し、「人よりも上手くできないことはたくさんあるけど、できることを一生懸命やればいいんだ」と輝明は応えます(台詞は正確ではありませんが)。

 たかが「ドラマ」の台詞ですが、胸を打つフレーズでした。私たちは身の丈以上の存在に見られたいと思いがちですが(とくに政治家は)、本当に自分が「できること」を一生懸命やっているのかと自戒せずにはいられませんでした。

 9月25日と27日の当ブログで『障害者に対する差別や偏見は「無知」や「無関心」が原因である』という趣旨の記事を書きましたが、もっといえば、私たちが失ってしまった「純粋」なるものへの「怖れ」もあるのではないかと思います。

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2006年10月 8日 (日)

障害者福祉 定率1割負担の凍結を

 今年4月から施行された「障害者自立支援法」が全面施行され、10月から障害者福祉の1割自己負担がはじまっています。
 
 同法は、すべての障害者の福祉サービスを一元化し、保護から自立に向け、障害者の社会参加を促すことを目的としていますが、昨年の法案提出時から多くの問題点が指摘されていました。
 
 同法に基づき、市町村は障害者を全国一律の障害程度区分(6段階)のいずれかに認定し、段階に応じてサービスの種類や利用頻度を決めますが、すべてのサービスについて、利用者の原則1割負担が求められます。
 
 所得に応じて負担の上限(月額1万5000円~3万7200円)が設定されてはいるものの、なかには従来の10倍もの負担を強いられケースもあり、これまで通っていた「療育」や「リハビリ」のための施設に負担増から通えなくなる、あるいは行く回数を減らさざるを得なくなるという事態が続出しています。

 例えば、自閉症の子どもの場合、療育施設に通うことによって、手足の動きが活発になったり、自閉症の特徴であるパニック行動が減ったりする効果があるようですが、経済的にゆとりのない家族からは「せっかく効果が現れはじめているのに通園を見直さなければならない」という悲痛な声も聞かれます。

 一方では、全国の主要自治体の約4割が独自の軽減策を実施したり、導入を決めています。東京都においても「障害者自立支援法の施行に伴う都独自の取組」が実施されており、練馬区でも通学介助および食費負担軽減措置が取られていますが、トータルとしての負担増は避けられず、また、福祉サービスに地域格差が生じるという新たな問題も起きています。
 
 欧米の多くの国々では、発達障害などの子どもは一定割合で生まれるという考え方が定着しており、障害者を国で支える仕組みが確立されています。つまり、どの家庭にも障害をもつ子どもが生まれる可能性はあるのだから、みんなで協力しようという考え方です。

 障害というのは本人の努力ではどうにもならない部分があります。ましてや、障害を持ちながらも何とか自立するために「療育」や「リハビリ」に励んでいる人たちに障害以外の負担を強いることは「自立支援」ではなく「自立阻害」であると言わざるを得ません。

 民主党は、今臨時国会で、定率1割負担の凍結のための改正案を提出することを決めています。皆様のご理解とご協力をお願いします。

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2006年10月 7日 (土)

子育て世代に広がる心の病

 10月7日の朝日新聞「be」で「30代、心の病の影広がる-ローンが組めない?キャリア形成ままならず・・・」というリポートが掲載されていました。

 以下、記事の冒頭より。

『長い低迷を抜け、日本経済はようやく巡航速度に乗ったかに見える。だが、多くの企業で、うつ病など心の病を抱える社員が増加傾向にある。中でも不調をきたす人の割合が突出しているのが30代。ストレスが多いのが現代社会とはいえ、資産づくりやキャリアの形成などを通じて、今後の社会を牽引する。こうした年齢層を襲う異変は軽視できない。』

 職場で心の不調をきたす人が増えた背景として、記事では次のような仮説を提示しています。『98年は自殺者が初めて3万人の大台に乗った年。前年の大型金融破たん(北海道拓殖銀行、山一證券など)をきっかけに、日本経済は深刻な危機のただ中に。企業社会では、バブル崩壊以来、働く人の間に「希望が持てず、仕事の負担ばかりが募る」という空気が広がっていた。そこに多くの企業が人減らし、成果主義の賃金・人事制度の導入に動く。評価への不満。部下を切り捨ててでも点数を稼ごうとする上司・・・ギクシャクする職場に後からやってきた変化が、今後のキャリア形成や生活設計に揺れる30代の心の病の増加をもたらしたのでは-』

 確かに、バブル崩壊後に就職時期を迎えた30代は、職場で最も「わりを食わされている」世代かもしれません。新卒の時期には景気低迷で就職口もままならず、やっと入った会社では上がつかえて、いつまでたっても「冷や飯食い」。ようやく景気が回復したと思えば「主任」「補佐」クラスの30代に仕事が集中し、成果主義の中で激務を強いられる。それでも、正社員になれた人はまだましで、多くの人は希望する職種に就けずフリーターに甘んじるしかなく、将来の展望が開けずに家族を持つこともできない。

 30代といえば、団塊ジュニアから上の世代ということになるでしょう。核家族化が定着し、「両親と子ども2人の4人家族」というのが「定番」です。親は高度成長期に就職し、年功序列・終身雇用の職場環境の中で、どの階層で生きる人たちもそれなりの「将来像」をもてる時代でした。子どもたちは、物質的にも精神的にも概ね不自由のない生活が送れ、高学歴化も進みました。

 ところが、いざ社会に放り出される段になって、いきなり厳しい現実と向き合わざるを得ない立場になり、漠然とみえていた将来像も虚ろになり、激務の中で自分をゆっくりと見つめなおす時間もありません。

 「最近の若い者は甘い」と切り捨てるのは簡単ですが、他の世代が経験したことのない少子高齢化や様々な社会不安のなかで生きていかなければならない世代に、手を差し伸べることも必要ではないでしょうか。

 もちろん、一定の自己責任は必要です。「年金の未払い」「税金の滞納」「社会に対するマナー違反」などはいうに及ばず、「政治なんか誰がやっても同じ」という態度を取り続ければ、結局は不利益というかたちで自分たちに跳ね返ってきます。労組や地域など、組織や団体に属すことの少ない私たちの世代は、政治的には非力な存在かもしれませんが、少なくとも1票というかたちでの意思表示はできるはずです。

 「不惑の40代」といいますが、43になった私は今でも惑いっぱなしです。自戒をこめて、今日の記事を書いたつもりです。

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2006年9月25日 (月)

日本網膜色素変性症協会(JRPS)の研修会に参加

 9月23日、24日の2日間にわたって開催されたJRPS(日本網膜色素変性症協会の関東地区リーダー研修会に参加させていただきました。

<RPの症状と問題点>
 RP(網膜色素変性症)とは、網膜に異常な色素沈着が起こる一連の病気のことです。患者は、網膜が壊れていくに従い、最初周辺が見にくくなったり、暗いところが見えにくくなったりします。長い年数をかけて進行することもあり、中心だけが見えるという場合もあります。
 近年、あるタイプの網膜色素変性症は、杆体の遺伝子異常があることが明らかにされましたが、症状も病気の進行も人によってまちまちで、残念ながら、現時点では根本的に病気を治したり、進行を止める治療法は確立されていません。
 RPが進行しても完全に失明(光を失うこと)するケースは稀ですが、症状が重い人は白杖(視覚障害者用の杖)や見える人のサポートがないと歩行することも困難です。患者数についてはっきりとはわかっていませんが、全世界に300万人、日本に5万人といわれています。(以上、JRPSホームページ参照)。
 治療法がないということは「悪くなることはあっても良くはならない」ということで、RPを宣告された人は常に「見えなくなっていく」恐怖や不安と闘い続けなければなりません。また、一般の人にとって理解されにくい病気であることも辛いところです。症状によっては「読み書き」ができる人もいるし、眼球の動きもあるので、白杖などをもっていなければ外見的にはほとんど晴眼者と変わらず、「本当に見えないのか」と誤解される人もいます。
 例えば10度しか視野のない患者の場合、眼から入る情報量は晴眼者の100分の1に過ぎません。街に出れば、横切る人が全く見えずに衝突したり、目の前の段差に気づかないこともしばしばです。私も研修会でいただいた視野狭窄のシュミレーション・キットで試してみましたが、家の中でさえ(外に出る勇気はさすがにありませんでした)、前・左右・足元を常に確認しながら少しずつしか歩行することができませんでした。

<関東地区リーダー研修会>
 今回の研修会には、JPPSの関東地区の役員の方々40名ほどが新宿の全国障害者総合福祉センター(戸山サンライズ)に集まり、お2人の外部講師(高林雅子氏-順天堂大学医史学研究室、立教大学院コミュニティ福祉学研究科講師、小林章氏-国立身体障害者リハビリテーションセンター)を迎えての講習会とグループディスカッションが行われました。
 出席者の皆さんは自らRPの患者でありながら協会運営を支えている方々で、治療法確立のための活動をはじめ、患者の社会参加の手助けや情報提供、カウンセリング等々を行っています。
 今回は、私が長年お世話になっている方からのご紹介で、当初は講習会に参加させていただくつもりでしたが、役員の方から「1晩患者さんと寝食を共にする方が、10回講習会に参加するより有意義」というアドバイスをいただき、ボランティアというかたちでほぼ全日程の行動を共にさせていただきました。

<私たちにできること>
 もちろん、2日間でRPのことや患者さんの悩みをすべて理解できたわけではありません。それでも、熱心なグループディスカッションに参加させていただき、様々な症状や立場の方々とゆっくりお話ができたことで、私たちにもできることが少しだけわかったような気がします。
 治療法や制度の拡充などは研究者の努力や行政の対応に委ねるしかありませんが、私たちが今すぐにでもできることは、この病気に対する理解を深め、偏見をなくすことです。RPの患者さんは発症する前は普通の人と同じように教育を受け、社会の様々な分野で働いていました。視力が低下してもパソコンは扱えるし、周囲の理解とほんの少しの手助けがあれば、仕事はもちろん日常生活も普通に送ることができます。
 何よりも驚かされたのは、出席者の皆さんが人生にとても「前向き」なことです。ディスカッションの場では「たかが眼じゃないか。24時間医療器具につながれている難病の人たちのことを考えたら何でもない」という声も聞かれました。
 一方で、日本では障害者に対する制度や理解が進んでいるとは到底いえません。障害者にとって住みやすい社会はすべての人にとって住みやすい社会です。それをつくり上げるために私たちは、「無知」と「無関心」と「偏見」をまず克服しなければなりません。

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2006年9月19日 (火)

「命を預かる仕事」医師が不足している

<深刻な小児科医・産科医の不足問題>
 90年代半ば頃から、特に地方における小児科医と産科医の不足が深刻化していますが、医師の絶対数が減ったというわけではなく、問題は医師の「偏在化」にあるといわれています。
 幼児の発病やお産は時を選んでくれません。そのため、救急指定のある病院では、時間外診療が常態化し、とくに、小児科医や産科医は基本的に24時間対応を必要とします。
 また、小児科や産科は「幼い命」を預かるという点で、非常に重い責任が負わされており、(命に軽重はないものの)不測の事態になった場合に訴訟などのリスクが高いため、医師を目指す若者から敬遠される傾向が強くなっているというのです。

<国民皆保険の崩壊>
(岩手県遠野市の例)
以下は03年3月23日の岩手日報の記事からの抜粋です。
 (岩手県)遠野市は昨年から、小児科と産婦人科の常勤医が不在。子どもを持つ親は、50キロ以上離れた花巻や盛岡で診療を受けるしかない。
(中略)
 県内は、医師数が増えているものの、小児科医は年々減少。現在は137人と全体の5.6%にすぎない。絶対数が不足する中で80%近くが盛岡から一関までの内陸都市に集中する。

(埼玉県の例)
以下は、05年7月31日に埼玉県県民健康センターで開かれた「産婦人科医・小児科医不足を考える公開シンポジウム」からの抜粋です。
・埼玉県内の産婦人科医師数(05年1月1日現在)総数531名。(うち女性医師90名)
・産婦人科医師がゼロになった病院数(03年~04年)1186病院中117病院(9.9%)。
・産婦人科医師定員不足の病院数(03年~04年)31.8%。
・日本産科婦人科学会員の年齢分布(03年~04年)。50歳以上が52%を占め、40歳以下は減少し、70歳以上が増加している。

 以上のように、小児科医や産科医の不足は全国に広がっており、近年、救急医療を受けられなかったために、失われずにすんだはずの命が失われた不幸なケースが増加しています。
 とくに、離島や都市から遠い地域の医師不足・不在の問題は深刻ですが、『地方都市の公立病院で医師が次々に辞める事態も頻発し、だれでもどこでも公平に医療を受けられるという「国民皆保険」の理想が崩れ始めています(9/19朝日新聞)』。

<医師研修制度の問題>
 04年に医師研修制度がかわり、新卒医師は研修先を自由に選べるようになりました。
 それまで研修医は自分の所属大学から各地の病院へ派遣されるのが一般的で、医師が不足している地域や「無医村」に出向くケースもありましたが、制度改革によって研修医の希望が都市部の有名病院に集中し、4割近くが一般病院に就職するようになりました。このため大学に籍を置いて研修を受ける新卒者が減り、『人手不足に陥った大学病院が地方の公立病院に派遣していた医師を引き揚げ、残った医師が重労働を嫌ってやめる傾向が出ている(朝日新聞)』というのです。

<命を預かる仕事>
 例えば、公立学校教育の場合、教員の採用権や人事権は都道府県がもっているため(市町村に移譲せよとの議論はありますが)、どんな過疎地であれ教員は存在するし、小学生が50キロも離れたところに通学するなどということはあり得ません。医師の場合、どこに勤務しようと基本的に自由なのですから、「苦労が多く、私生活も不便で、実入りが少ない」ところで医師が不足するのは当然といえば当然です。
 地方の医師不足を重くみた厚生労働省は、「僻地勤務」を病院長や開業医になる要件にしようと考えましたが、「職業選択と居住の自由を奪う」という理由から医師会や自民党が反対しています。
 昔から医師や教師は「聖職」とされてきました。人間の生活に欠くべからざる存在だからでしょう。とりわけ人の「命を預かる仕事」である医師にはその自覚が強く求められます。医師を目指す若者たちの目標は様々だと思いますが、「必要とされているところに必要な仕事がある」ということについてもぜひ考えてもらいたいのです。
 もちろん問題は、このような「精神論」だけで解決されるものではありません。国や医療現場が「開業医と勤務医の報酬格差の問題」や「研修医の過酷な勤務形態」などの根本的問題を放置したことにも大きな責任があります。

<都市部における医療は万全か>
 私たち都市に住む者にとっては、救急医療は一定の情報さえあれば比較的楽に利用することができます。とはいえ、練馬区内でも「休日急患診療」や「夜間救急子どもクリニック」などはいつも混雑していて、救急病院も慢性的な小児科医不足。なかには過労から倒れる医師もいたと聞いています。
 練馬区でも核家族化が進んだために、子育ての経験が浅い親が子どもの病状に過敏になりすぎる傾向があるといわれますが、突然子どもが高熱を出したりすれば「慌てる」のは当たり前の親心で、逆に手遅れになってからでは元も子もありません。つまり、医師など専門家が考える「救急」と患者(親)が考える「救急」とに違いがあるのは当然なのであって、後者の立場が尊重される地域医療こそが求められていると思います。
 一部の医師に過度の負担がかからなようにすることは、医療ミスを防ぐという意味からも重要です。世界にほこる「だれでもどこでも」の国民皆保険制度を守るために、早急に医師の偏在化問題を含め、抜本的な医療制度改革を行う必要があります。

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2006年7月21日 (金)

セーフティネットはどうなってしまったのか

 京都市で昨年4月に生活苦と介護の疲れから母親を承諾の上殺害してしまった事件の裁判は、被告の長男に対し、弁護側だけでなく検察側さえも同情的で、裁判所が涙に包まれたということでマスコミでも連日報道されていたようです。今日、京都地裁から言い渡された判決は、懲役3年の求刑に対し、懲役2年6ヶ月、執行猶予3年というもので、承諾殺人の最高刑が7年ということですから、温情判決といえるでしょう。
 この判決の是非についてはいろいろ議論があるところだと思いますが、むしろ問題になっているのは、社会保険事務所の対応です。経緯については連日報道されているので繰り返しませんが、要は、被告の生活保護の請求に対して、社会保険事務所は「受給資格がない」と回答し、被告が自分には未来永劫生活保護を受ける資格がないと思い込んでしまった。社会保険事務所が「今は失業保険をもらっているので生活保護は受けられないが、受給期間が過ぎたらもう一度きてください」という対応をしていれば、悲劇は起こらなかったというものです。
 この国のセーフティーネットはいったいどうなってしまったんでしょう。「国民の健康で文化的な最低限度の生活」は憲法でも保障されており、このような社会的・経済的弱者に行政の光が当てられなければ、何のための役所でしょうか。
 それにしても悔やまれるのは、この被告がすべてを一人で抱え込んでしまったことです。専門家によれば認知症患者の介護でこのような悲劇を繰り返さない対策として、①介護する家族などが認知症を恥ずかしいと思わないこと、②介護する者同士が交流して孤立しないこと、③行政が制度の情報提供を徹底することの3点を挙げています。

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